数日前の新聞で、スタジオジブリの来夏公開作品は、宮崎駿監督の「崖の上のポニョ」(「人間になりたい」と願う金魚姫のポニョと5歳の男の子、宗介の交流を描いた作品)だという記事を目にしました。
宮崎氏、「ハウルの動く城」が最後の監督作品だと言っておられたような気がしないでもないのですが、ここは素直に喜ぶこととしましょう。
息子さんが監督した「ゲド戦記」がイマイチ(←世間的には。私はよかったと思います)だったから、「まだまだ息子には任せられん」と思われたのかな?と想像していました。
そしたら、昨夜たまたま観たNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組で、「宮崎駿氏に密着100日」というのをやっていて、「ポニョ」の制作秘話だったのです。時期は去年の春先だったでしょうか?
そんなに前から用意していたんだ!!
番組では、「ゲド戦記」の完成試写会に赴く宮崎氏の姿も映っていました。
宮崎氏、試写の途中で退席されてしまったので、「やっぱり認められないのかな?」と思ったら、映画の中に自分の姿を見てしまい、いたたまれなくなったのだそうです。(記憶があやふやですいません。そんなようなことだったと思います。)
息子さんが子どもの頃、仕事が忙しくて父親らしいことは何ひとつしてあげられなくて、息子さんは、監督の作品を父親代わりに育ってこられたのだそう・・・
たばこを吸い終わり、試写室に戻られた宮崎氏、上映後、息子さんに「素直に撮れていて良かった」と声をかけられたそうです。
それにしても、宮崎氏、命をふりしぼって(魂を削って)作品を創られておられるのですね・・・
自分をごまかして作ってしまったら、そのしっぺ返しは本人だけに来るから。
そんな言葉が印象的でした。
でもそれって、クリエイティヴな場面だけじゃなくて、生き方にも言えることだよね。
<追記>
最後の宮崎氏の言葉、全文はこうです。
↓
「映画というのは自分を暴露してしまうものなんです。裸で人前に出ていくことなんですよ。だから、これは娯楽映画だからと作っていても、実はその人間の根源的な思想がよく出てしまうものなんです。出すまいと思っても出ちゃうんですよ。それで隠して作ると、そのしっぺ返しが本人だけに来るんです。どういうふうに来るかといったら、やっぱり正直に映画を作らなかったというしっぺ返しが来るんです。だから、映画が作れなくなりますよ、ほんとに。正直に作らなきゃいけないんですよ、裸になって、ほんとに。それはそうせざるをえないんです。だから、全存在をかけちゃうから、映画の出来については、本当に切ない思いをするわけですよね。それは、全人格の否定なんですよ。」
2007.03.28.Wed / 08:34


















